2004/07/04

ヘペンチスタの大会!


by 仲 晃生

2002年秋、ジョゼが来日した時、ノルデスチ(ブラジル北東部)のヘペンチスタ (吟遊詩人)たちが制作・販売しているという小冊子を幾つか見せてもらった。作り手の力強い意志を感じさせる魅力的な木版画が表紙で、詩人自作の定型詩(コルデル)が収録されている。内容は、ブラジルの歴史的事件を伝える叙事詩や、国語(この場合はブラジル・ポルトガル語)の文法を学ぶための詩、現実の社会問題を告発する詩などバラエティに富んでいるが、ノルデスチの人々に必要とされるだろう知識・情報を伝える媒体に仕上がっている点は、どれも同じだ。ジョゼによると、ヘペンチスタたちの活動は、圧倒的な影響力を持つテレビやマスメディアとは違った視点を人々に伝える役割を果たしているという。

そして、こういう小冊子を販売してくれる店・拠点が各地にあり、たとえば9・11のような重大な事件が起きたりすると、それをテーマにした詩を載せた小冊子がたちまち登場し、飛ぶように売れていくという。

不況に呻吟する日本の出版業界に片足突っ込んでいる身には、これだけでも十分に驚きなのだが、ジョゼが言うには、ヘペンチスタたちの真骨頂はこの小冊子というよりむしろ市場や街角で歌う即興詩にあり、聴衆が求めたテーマを即興の定型詩に仕上げ、しかもそれを二人のヘペンチスタが交互に歌い合う歌合戦のようなものが頻繁に行われているのだとか。

人々の暮らしに根づいた、魅力的で、生き生きとした詩と歌の世界……。

昨今の日本の出版・音楽産業の大勢が送り出す空虚な言葉と音の羅列に飽き飽きしている身にはちょっと想像もできないような、豊穣な文化の土壌がノルデスチにはあるらしい。これは是が非でもヘペンチスタたちが即興詩を競う場を体験してみなくては!

折も折、リオにある妻の実家を訪ねる初のブラジル旅行を計画していた。ジョゼに相談すると、年末、フォルタレーザで即興詩の大会があるという。何という幸運!

クリスマス明け。会場は、「海の龍」(ドラガン・ド・マール)と名付けられたまだ新しい美術・博物館の野外ステージだ。

嬉しいことに「ドラガン・ド・マール」では、ノルデスチの文化と歴史についての展示の一環として、ヘペンチスタたちがこれまでに送り出してきた膨大な量の小冊子が展示されていた。

強烈なまでのその刺激!

彼らを突き動かしてきた情熱への共感、彼らが生み出し残してきたものと彼らが生きてきたノルデスチの文化土壌への羨望と憧憬とが入り交じり、言葉も出ない。

余韻に浸りつつ、いよいよ大会会場へ。はるばる地球の反対側からこの大会のためにやって来たということで、参加するヘペンチスタたちにジョゼが紹介してくれた。

以前にジョゼが熱っぽく語っていたり『カントリーア通信』に登場したりした大御所やベテラン、実力派詩人、そして時代を担うと期待される若手たちばかりで、期待していた以上に並々ならぬ大会だと実感する。

午後七時。日没からおよそ二時間が過ぎた夜空の下で、待ちに待った即興詩の競演が始まった。

二人一組、ギターを抱えてステージに上がり、その場でくじで引き当てたテーマの定型詩を即興で作り、交互に歌う。韻を踏まねばならぬし、テーマごとに定められた試合(?)時間が終わるまで、同じテーマで幾つもの詩を生み続けねばならない。

真剣勝負。

相手詩人の歌った内容や聴衆の反応を受けて、真新しい即興詩が止まることなく生み出されていく。

ヘペンチスタの知性と感性、そして経験とが魔法のように紡ぎ出す即興詩たち。

 「2003年に見たいもの」

 「子どもの頃をどう過ごしたか」

 「今だから言えること」


人生や社会を題材にした多様で幅広いテーマを素材に、聴衆とのコミュニケーションの中生み出されていく詩。缶詰ではない、生きた詩と歌。その誕生の瞬間に立ち会う嬉しさ。驚きと興奮が会場全体からわき起こってくる。

ヘペンチスタは旅人であり表現者でもある。

一つ一つの即興詩には、それぞれのヘペンチスタたちがこれまでの人生と旅の中で見てきた世界、体験してきた世界、そこで培われ育まれてきた世界観や人生観がにじみ出る。共感する聴衆は拍手や喝采でそれに応え、そうでない聴衆は詩をきっかけに内省の糸口を得る。定型の詩、歌であるがゆえに、心にしみ込み残っていく力も強い。

歌い方、ギターの装飾にも各自の個性がにじみ出る。聴衆を爆笑の渦に巻き込むヘペンチスタもいれば、じっくり聴かせるヘペンチスタもいる。吟遊詩人としての生活苦をユーモア混じりに訴えたり、神への感謝、平和と公正な社会への願いを歌ったり、いわゆる下ネタが飛び出したりしているらしいが、ポルトガル語の理解力が未熟な私には、詩の内容はわかったりわからなかったりだ。ユミさんや妻が通訳してくれるが、彼女らも笑い転げていたり感心して聴き入っていたりで、瞬時に生み出され走り去ってしまう即興詩たちのすべてを訳してくれる余裕などない。

たぶんそれがこの大会の正しい楽しみ方、味わい方なのだ。

今、この生きた瞬間を味わうことこそ即興詩にはふさわしい。

歌詞のすべてはわからなくても、ヘペンチスタの表情の移ろい、歌い上げる声量の変化、聴衆の反応などから、伝わってくるものがある。そんな諸々を満喫しているうちに、二時間の大会はあっという間に終わってしまった。

こういう豊かな詩と音楽の世界が、はたして日本にはあったのか。

不勉強でたしかなことはわからないが、少なくとも明治期以降の例は知らない。

友人の一人は、河内音頭のテーマの採り方が似ているかもという。即興の部分はどうなのだろう? ご存知の方、お教えいただけると幸いです。

帰り際、出演したヘペンチスタたちのCDを幾枚か買った。ノルデスチ再訪の時まで、しばらくはこれでカントリーアの世界を味わうとしよう。歌詞も、少しずつ訳していけるだろう。

また、コルデル(民衆本)について書かれた本が日本でも出版されていると聞き、帰国後、調べてみた。絶版とのこと。だが、入手の方法がまったくないわけでもないだろう。図書館や古書店を、抱えている仕事が一段落したら、探してみたい。

カントリーア (民衆詩)


ジョゼ・ピニェイロ

ひとつのテーマが 絡み合い ほぐれて
あるイメージが 心の中に 育ち始めるとき、
私の存在は 即興詩の中に 舞い上がり
詩(うた)は 声の中で命となって ギターは鳴り響く。
メロディーと言葉とが 弾み合い
熱気に包まれ 詩を育み、
最も純粋な エネルギーと化して、
原点へと 戻っていく。
ゆったりと 心静かに 自然のままに
私の心は カントリーアの中に 浸っていく。

(作詩:ジョゼ・ピニェイロ/対訳:ユミ・ピニェイロ)


僕は、ノルデスチに住居を移して以来、吟遊詩人達と一緒に集いを持ったり、彼らの即興歌試合を観たり、セルタウン(奥地)のコルデル(ブラジルの詩的形式民衆文学)伝統地域などを旅する機会に多く恵まれるようになった。ある日、ふと、声も韻もリズムも旋律も一つとなって、課されたテーマで、定められた詩の形式を守りながら、即興で弾むように掛け合いをするヘペンチスタ(即興吟遊詩人)達の心境はどうなのだろう?と思った。僕も、ステージで歌っている時、全てがひとつになるのを感じる。歌詞と声とリズムとメロディーとハーモニーと楽器とが一体になり、頭は澄みきって、ある心地よい勢いが内側から力強く生じてくる。すべてのものが絡み合い弾みながら時空間の中で自由自在になる。観客との間に一体感が生じてくる。ことばで説明するのは難しいけれど、そんな境地に至ることがよくある。へペンチスタたちも、調子の良い時にはきっとそんな特殊な状態になるのではないだろうか?

僕は、マルテロ・アガロパード(十行詩の一種)というコルデルの形式を用いて、この思いを詠んでみた。

吟遊詩人たちと旅をしながら


by ジョゼ・ピニェイロ


良いショーを観たり、良い本を読んだりすることで人生はより楽しくなる。気の合う友人とのひととき、美味しい食べ物、あるポエムに出会った時の感動、たくさんの心地よいことに出会えるだけで、人生はより良いものとなっていく。

ノルデスチ(ブラジル北東部)の都市、フォルタレーザに住み始めてもう2年が過ぎた。優れたカンタドール(吟遊詩人)やヘペンチスタ(即興吟遊詩人)達の独特の感性や創作活動、クセの強い歌い回しや語り口調に直接触れる機会が多くなるにつれ、僕はますますリテラトゥーラ・デ・コルデル(ブラジルの詩的形式の民衆文学)に惚れ込んできている。フォルタレーザに住むカンタドール達との交流も深まり、僕とユミと息子のタイチは、今年の5月に始まった、「リテラトゥーラ・ヂ・コルデル(以下コルデル)入門&技芸習練コース」に参加するようになった。北東部民衆文化、伝統芸能の一つであるコルデルの世界を、一般人や、学生等若い層にも拡めていこうという趣旨で、吟遊詩人達のイニシアティブと市の後援とでこのコースは開催された。週に一回、一年間コース。参加人数は25人ほどと、まだ少人数だが、大学生から定年のおじさん、若手民衆詩人、一般人等、男女を問わず様々な職業、年齢層の人が参加している。コースと言うよりも、民衆詩の世界を媒介とした楽しい集いといった雰囲気だ。講師は、ベテランの吟遊詩人ジョゼ・マリア(Jose Maria)先生。彼の指導のもと、参加者が、個人で、あるいはグループで、テーマを決めながら詩を作る。終了式までに、それらの作品をいくつかの小冊子にまとめて出版し、市内の、小、中学校に配布される予定だ。


コルデルは、ノルデスチに住む人々の精神を最もよく表現する民衆文化だといえる。また、多彩な民衆アートを集合している。たとえば口承詩(小冊子の本文)、音楽(ヴィオーラ~ギターの一種~でのカントリーア)、造形美術(版画)などがある。吟遊詩人たちは、頻繁にノルデスチの各地方を廻り、行く先々で最新のニュースを知らせ、政治・社会問題等を警告しながら、テーマ豊かに人々を楽しませている。僕は友人の吟遊詩人、ジェラウド・アマンスィオと共に、長年の夢のひとつであるノルデスチ民衆文化の地を旅することが実現できている。各地域の風土や伝統芸能等、ジェラウドの案内でとても豊かな体験をしている。旅をしながら、行く先々で、多くのカンタドール達と出会った。地域によって独自のスタイルを用い、なまりある方言、独特の歌いまわしで、各人特徴がある。

フォルタレーザに住む民衆詩人&木版画作家のクレビソン(Klevisson 30歳)は、ベテラン吟遊詩人のジョゼ・マリア氏やジェラウド氏と並んで、カントリーア・コルデルの世界を活気づけている、メイン人物の一人。昨年の暮れに、彼の作品がテレビドラマに取り上げられてから、メディアが民衆文化の世界をより注目するようになった。また、コルデルが多くの人に読まれ拡がるようにとの趣旨で、民衆詩専門のTupynanquim印刷&出版社を設立し、エネルギッシュに活動している。

漁村、プライーニャ・ド・カント・ヴェルヂ




by ジョゼ・ピニェイロ

漁師の人生*
多くの人々は知らない
深く静かな
美しい世界のことを
そこでどんな運命が
待ち受けているのかを
波のうねりに身をまかせ 
男は漁にあけくれる
愛と苦痛の片隅で
愛しい人を夢見ながら
漁師の人生は
ジャンガーダと網と共にある
(作詩:ジョゼ・ピニェイロ/対訳:ユミ・ピニェイロ)

ジャンガーダ:ブラジルのノルデスチ(北東部)沿岸の漁村の漁師たちが使う筏(いかだ)。そこに生きる人々のシンボル。


*ジョゼ・ピニェイロ セカンドCD「時間(とき)の河」に収録。



フォルタレーザ市から、車で一時間ちょっとのところに、プライーニャ・ド・カント・ヴェルヂ(Prainha do Canto Verde)と言う漁村がある。この漁村は、共同体としてのあり方をしっかりと捉え、地域に根ざした持続可能な経済システムを打ち立て、ユニークな活動をしている。地域文化を絶やさないようにと、未来を担う子供達への文化・アート活動にも力を入れている。

海岸リゾートエリアとして観光商業価値が高い地域にあるため、大手建設会社や欲深い政治家達がスキあらばと、絶えず蛇のように狙っているが、セアラー州 (フォルタレーザのある州)の環境保全、漁村文化保全を目的に積極的に活動しているNGOや、数年前よりこの漁村に魅せられて住み着いている、あるスイス人のネットワークの支援なども受けて、断固として自らの主張を曲げず、村人全員が力を合わせてがんばっている。彼らは、昨年、そこで長年漁業を営む者としての権利、漁村としての権利を法廷で勝ち取った。村人全員が分け隔てなく、心豊かに暮らしていけるようにと、村の青年たちが中心になって様々な取り組みをしている。

ここは、利益のみを目標とした観光ビーチと違って、浜も海も自然のままの素朴な漁村だ。村の奥さんたちの、魚の手作り料理がとても新鮮で美味しい。

昨年の夏に、リオのマウリースィオが奥さんのアンナと一緒に、久しぶりに僕達のところに遊びにきた。彼らと、プライーニャへ行って数日間を共に過ごした。ちょうど漁村の守護神、サン・ペドロの祭りに遭遇し、朝日がまばゆい浜には、村のイカダが勢揃いをして、いっとう立派なカタマラーゥンというイカダの舳先にセイントの偶像を乗せて、漁師たちは、漁の安全と一年の収穫を祈って海原を巡る。午後には、村の公民館に子ども達が集り、コーラスの先生と一緒に輪になって、楽しそうに、スィランダ(ciranda)を歌っていた。僕達も輪に入り、子ども達の笑顔の中で思いっきり遊んだ。

漁村の生活は、夜明け前に始まる。イカダに乗って漁に出かける男たち。それを見送る女、子供たち。あまりにも強い日差しのため、漁師たちは、40そこそこで視力をかなり失ってしまう。それでも、漁師たちは、幾日も海原で仕事をしつづける。

ブラジル人と祭り


by ジョゼ・ピニェイ

ブラジルといえば祭り、祭りといえばブラジル。ブラジル人は祭りをするのがとても上手だ。貧乏だろうと金持ちだろうと、幸せだろうとなかろうと、いつでも世界中で一番楽しい祭りをやってしまう。特別な理由などは要らない。街角で、公園で、バーで、裏庭で、いたるところで祭りや集いが始まる。絶えることのないブラジル人の祭り。どんなに大変な時でも、人生の楽しさを失わずに生きていける能力を持っているブラジル人。このことが、他の国の人々と異なっているところなのではないだろうか?


失業者率上昇、政治汚職、社会問題、一方通行のグローバリゼーション、テロ問題。いったいこの先、どうなるんだろう?少しでもセンシビリティーのある人間なら、誰でも希望を失ってしまう世の中だ。ブラジルは、ポルトガル支配下時代から、歴史・文化的背景のもとに、各種各様の困難な問題を抱えている。しかし、ブラジル人から希望を奪い取ることは誰にもできない。彼らはどんな時でも、人生を少しでも楽しくする為に集いあう。ビールを持ち寄り、肉を焼いて、テーブルやスプーンを叩いてリズムを取って、誰かがギターを持ってきて…いつのまにか賑やかな集いが始まってしまう。

ストリート・チルドレン、スラム街の子供たち。ボールを蹴って仲間たちと遊び、希望を失わずに生きている。彼らのこのささやかな喜びを、誰も奪うことはできない。なぜなら、ボールや空き地を取り上げたって、直に彼らは、布切れ、古新聞、何でも目に付くものを適当な大きさに丸め、ちょっとした隅っこで遊び始めるからだ。そんな、たわいないボール蹴り遊びが、貧しい子供たちの将来への夢、希望へと繋がっていく。ブラジルでは、オフィシャルには"声"を持たない抑圧された貧困層の人々が、フッチ・ボール(ブラジルのサッカーの呼び方)を媒介として、権力者や支配者と対等になり、時には立場が逆転する。そんな、タレントと幸運とガッツでもって憧れの舞台に立つ多くのプレイヤー達は、華麗なるパフォーマンスで観衆を歓喜に酔わせ、または失敗で嘆かせる。そこでは、大統領、物乞い、ストリート・チルドレン、みんなが同じ目線で、同じ時空間を所有し、集団が醸し出す熱気の中で、我を忘れてプレイと言う名の祭りの中に没頭する。時には試合やトーナメントが、ある一握りの権力者達の都合によって利用されることもあるけれど、そんな″悪いやつら″もプレイが始まると、我を忘れて熱狂してしまう。

ブラジルには、国民が主役の大きな祭りが二つある。ひとつはカーニバル。もうひとつはフッチ・ボールだ。これらの祭りで繰り広げられる、多種多様なアートが集合した多彩なパフォーマンスは、ブラジル民衆文化の極みと言っても過言ではない。その祭りを通して、音楽、舞踊、演劇、文学、映画、造形美術等、多くの芸術、文化が洗練されクリエイトされていく。また、一方では、これらの祭りは、普段"声"を持たない人々が和と美の力を用いながら、世の中に自分たちの存在を主張できる、晴れの舞台でもあるのだ。

僕は、人間が失ってはならない希望とは、いつ何時、何があっても、天真爛漫に祭りができる心を持ち続けることだと思う。それは、決して失ってはならない最も大切な宝物だ。

吟遊詩人:ジェラウド・アマンスィオ


インタビュー by ジョゼ・ピニェイロ
 
セアラ州生まれの大ベテラン吟遊詩人。現在56歳。お爺さんも有名な吟遊詩人だった。抜群のタレントを有し、幼いときから優れた民衆詩人たちの中で育ってきた。このすばらしい伝統芸能が、世代から世代へと受け継がれて永遠に存在していくことが、彼の大きな希望であり夢である。彼は、フォルタレーザ市のテレビ局"Tv Jangadeiro"で、毎週日曜日の朝10時半、「カントリーア・吟遊詩人の世界」を紹介する番組を持っている。バイタリティーに溢れた、とても親しみやすい人柄だ。彼に、カントリーア(民衆詩の世界)のことをインタビューしなが、らいろいろと話してもらった。その一部を紹介したい。

ジェラウド氏は、とても観察深い。市場や公園、町の中を行き交う人々の様子をじっと見ている。「どこへ行って来たのか」「どんな良いこと、悪いことがあったのか」「誰と会っていたのか」「何をしていたのか」「何に出会ったのか」… 誰も気がつかないうちに、人々の表情やしぐさの中に忍び込んで、人々が体験したであろう"旅"を通して自らも"旅"しているようだ。きっと、そこから、カントリーアの物語が生まれるのだろう。

ジェラウド氏は、とても観察深い。市場や公園、町の中を行き交う人々の様子をじっと見ている。「どこへ行って来たのか」「どんな良いこと、悪いことがあったのか」「誰と会っていたのか」「何をしていたのか」「何に出会ったのか」… 誰も気がつかないうちに、人々の表情やしぐさの中に忍び込んで、人々が体験したであろう"旅"を通して自らも"旅"しているようだ。きっと、そこから、カントリーアの物語が生まれるのだろう。

◆ あなたは、自身のアートでもある、民衆伝統芸能であるカントリーアをどう見ていますか?
私にとって、それは、母であり、光であり、目標であり、全てですね。なぜなら、私は、カントリーアから離れては生きてはいけない、つまり、他のことは何もできない人間だから、完全にカントリーアに依存しているわけです。また、この伝統芸能は、他のエリアにも大きく貢献しています。たとえば、ノルデスチ音楽のひとつであるバイヨンは、亡きルイス・ゴンザーガ(バイヨンのキングという愛称で親しまれている、北東部音楽を代表する有名なミュージシャン)が作ったものだと思われているけど、本当はカンタドール(吟遊詩人)のヴィオーラ(ギターの一種)から生まれている。このことは、ルイス・ゴンザーガ自身もそう言っていたことです。

◆ カントリーアの原料というか題材というか、それらはどこに存在していますか?
それは、宇宙全体に存在していると思う。身近な人や神々への愛の中に、人生や芸術への愛の中に、自然への愛の中に、嫉妬心の中に、厳しい日照りの中に、生命が蘇る雨季の中に、サウダージ(愛しく懐かしい気持ち)の中に、遠く離れたものの中に。カントリーアのエッセンスは、インスピレーションは、全ての物の中に仕組まれている。私はいつも言うのだけれど、私が詩を作るのではなくて、私は詩たちと出会うだけなのだと。そして、それらの詩は完璧な姿で、美しさで、至るところに存在している。私の能力やインスピレーションにしたがって、その存在と出会えるのだ、と思っています。創作者は自然や神々です。この、大きな自然界のパネルの中で、我々、吟遊詩人は、様々な素晴らしい作品と出会うことができる。

◆ どのような観衆を対象にあなたは歌いますか?
それは、私の歌を聴いてくれる人達です。私のオリジンである農村の人々や都市に住む人たち。約90パーセントは都市に住む人へかな?選挙のある年は、政治家の観客に歌ったりもする。これは、生活のため(笑い)。私が一番好きな観衆は、カントリーアの面白さを理解している人達。歌いかけに答えが返ってくる。そうすると、観客とのやり取りができてくる。観客との掛け合いが高まってくると、インスピレーションがひらめいてくる。そこには統合性がある。美しさがある。我々アーチストが、最高の気分に上昇していく時ですね。私にとって、最も幸せなひとときは、カントリーアを愛する人達とそんなふうに、場を分かち合えたときですね。

◆ カントリーアの観衆の層は、主には僕たちぐらいの年齢層ですか?40代~50代ぐらいの?
とてもいい質問だと思う。若い世代や一般市民にカントリーアをもっと広めていくにはどうすればよいのか?今、我々へペンチスタが抱えている最大の課題です。現在、ブラジルには約6千人から7千人のプロのカンタドール、へペンチスタがいる。しかし、実際にミディア等表に出て活動しているのはその内のわずか 25人から30人ぐらい。テレビ番組で言えば、カントリーアだけの番組(彼自身が担当)は、この広いブラジルにたった一つしかない。まあ、そんな状況の中では、どうしても、観衆は30代以上の熟年層になってしまう。言ってみれば、伝統芸能を味わえるようになるには、ある程度熟してからでないと、ということもあるでしょうけれどね。また、最近の多くの若者は、テレビの影響を強く受けていて、消費するのは、音楽でも何でも向こうのもの(アメリカの缶詰&使い捨て文化)の方がカッコいい、という風潮でしょう?ミディアの問題だけでは無く、この豊かな民衆文化・伝統芸能を永続させていく為には、やはり、お役所がもっと力を注がないといけない。たとえば、コルデル(小冊子)を学校で教材として使うとか。もちろん、国内外の著名な作家の文学の世界を知り、読むことはとても大事だけれど、自分たちのルーツである民衆文化・伝統芸能のことを、学生の時に学び親しんでいくことは更に大事なことだと思う。なぜ、学校でカントリーアについて勉強しないのか?偉大な民衆詩人達の作品、例えば、パタチーヴァ・ド・アサレの詩をなぜ読まないのか?この前、ペルナンブーコ州の、ある町に行ったとき、学生たちがカントリーアのことを研究しているのを見て感激した。セアラ州をはじめ、ノルデスチの主な都市の教育委員会の職員も学ぶべきことだと思った。

◆ フォルタレーザでは、ここ数年、州や市の文化局がカントリーアに目を向け始めてきていますよね?それから、若手のへペンチスタも結構出てきているし。その辺のことを聞かせてください。
そのとおり。カントリーアの世界は、ここ2、3年間に、かなり注目されるようになってきている。テレビ・ドラマに出たりもしているしね。ここ、フォルタレーザやレシーフェ等大都市も含めて、ノルデスチの伝統的な地域では、市町村が主催する、大規模なカントリーア大会も年に数回開催されている。また、地元ノルデスチに限らず、サンパウロ等、南の方でもいろんな形でイベントが行われるようになった。面白いのは、どこの都市でも、コルデル(小冊子)や、へペンチスタのコンテストでは、優勝するのはほとんどノルデスチ出身者が多いということ。若手へペンチスタに関しては、あなたが言うように、確かに最近は、若い世代も興味を示すようになってきている。この前も、州が開催したヘペンチスタのイベントに、友人のへペンチスタの親子2代が一緒に参加していた。息子は、まだ声変わり中の15歳。将来性がある。

セルタウンの生と死


by ジョゼ・ピニェイロ

苦難ノルデスチのABC

家畜たちは 我慢できず 叫び声を上げる
緑の牧草を 求めて。
痩せこけた 体を引きずり、
後悔しているかのような まなざしで。
牧場主は 希望を失い、
打つ手は もう何も無くなった。

差し全てを焼き尽くす 燃えるような 太陽の日
疾風の中で 我々は思う、
世界の終わりのことを。

(作詩:パタチーヴァ・ド・アサレ/対訳:ユミ・ピニェイロ)


パタチーヴァ・ド・アサレは1909年、セアラ州奥地の農村、アサレで生まれた。物心のつくころから、吟遊詩人たちの口頭詩を聴き、コルデル(詩的形式の民衆文学小冊子)の世界に親しんで育った。4歳のときに片方の目を失う。そのことが、彼を、世の中のことを深く考え、豊かな感性を持つ詩人へと導いたのかもしれない。学校教育はたったの4ヶ月間。90年代に失明するまで、数多くの詩や物語を読んだ。16歳のときからギターを弾きながら、吟遊詩人の道を歩み始める。
今年の7月に93歳でその人生を終えるまで、数多くの作品、コルデルを残した。セルタウンの風景、そこに住む農民の生活、様々なテーマを歌った。農村を通して世界を歌った。そして、芸名(パタチーヴァ)の鳥のように、彼の詩は、軽やかな美しさに溢れている。繊細でかつ鋭い感性を持ち、詩を用いて貧困に苦しむ農民の声を世の中に伝え、大経済プロジェクトに重点をおく農業政策を警告した。彼は、カントリーアの世界では、昨今において最も著名な民衆詩人である。


日照りのセルタウン

セルタウンとは、ノルデスチ地方の奥地の乾燥した地域のこと。何年も雨が降らないこともしばしばある。そんな、悲劇の年には、日照りのため痩せこけた家畜が無残に死んでいく中、貧しい農民の男たちは、パウ・ヂ・アララと呼ばれるトラックの荷台に乗って、遠くの町へ出稼ぎにいく。彼らは「ボイア・フリーア」、(冷や飯を食べて生きる者の比喩)と呼ばれている。セルタネージョ(セルタウンで生まれた人)達は、荒廃した厳しい自然条件の中で生きている。雨が降らず日照りが続くと、数週間で何もかも失ってしまう。その兆しが見えたら、すぐ移動しなければならない。空はまるで天火のように熱く、大地は太陽の熱で焼き尽くされ裂傷が生じ、家畜も農作物も生き物はみな文字通り干上がってしまう。

厳しい自然と共に生きるセルタネージョ達は、じっと黙考して生きている。飲食を慎み、そして、慎み深く死んでいく。そんな生き様が、彼らの表情やゼスチャー、話し方にも表れている。幾度となく強いられる移動生活、いつも今年こそはと懇願しながら生きているためか、彼らは中心をしっかりと持ち、強靭な生命力をもっている。


緑のセルタウン

しかし、セルタウンに雨が降り始めると、荒野は一変し、まばゆいほどの緑で埋めつくされる。空が曇り、濃い灰色の水分をたっぷりと含んだ重たい雲が天を覆い尽くすと、セルタネージョたちは「天候が良くなった!」「すばらしい空もようだ!」と地平線を見渡しながら歓喜を上げる。空が曇る雨の季節のことを、彼らはインヴェルノ(冬)と呼んでいる。セルタウンに"冬"がもたらす緑の祭りが巡って来ると、家族は居間に集って雨の音を聞きながら談話に弾み、天の恵みに感謝する。

カントリーアの伝統は、砂ぼこりの立つ未舗装の道を巡歴する。セルタウンの日照りと恵みのインヴェルノ、義賊や盗賊物語り、有名な決闘物語り、奇跡と犯罪、冷かしと挑戦、今日の出来事や昔の出来事、社会風刺、これらの″物語り″がセルタウンの砂利道を巡歴し、行く先々の青空市場で歌われるのだ。なかには、エレキ・ギターを片手に、モダンな服装の吟遊詩人もいる。しかし、その声には、数千年もの重みを感じさせる力強い音色がある。彼ら吟遊詩人、語り部達は、独特の声と旋律で、詩を歌い、コルデル(小冊子)に書かれている物語を語り歩いて、地域の人々を楽しませる。

カーニバルに乾杯!(1) 懐かしいカーニバル



カーニバルには 希望がある
遠くに住む人の心に 思い出が蘇えり
哀しい時でも ダンスの輪の中に溶け込め
大人になっても 子どもに帰れる...




シコ・ブアルキ(作詞作曲家) の、Saudades de um Carnaval (サウダーヂス・ヂ・ウン・カフナヴァウ: “懐かしいカーニバル”の意)  という歌の一部だ。ブラジルの最もポピュラーな祭り、カーニバルが醸し出す、楽しくエネルギッシュな集団パワーに触れると、もう、じっとはしておられない。喜びが体の中から溢れ出てきて、嬉々として普段ではなかなかできない振る舞いや行動をとってしまう。カーニバルは、人間の持つ喜怒哀楽やセクシュアリティーなど、抑圧されているものを心地よく爆発させてくれる。一度このことを体験したものは、遠くに住んでいても、カーニバルが近づくと、体の中にその感覚が蘇えり、幸せな気持ち、懐かしい気持ちになってしまう。カーニバルの持つ、そんな不思議な偉力のことを、シコ・ブアルキは歌っている。そこには、お決まりの楽しみ方などはなく、自由気ままに祭りの輪の中へ溶け込んでいく。祭りの大きな魅力は、誰もが子ども心に戻れて一心不乱に遊べることだ。一年間働きづくめて、困難な日々を過ごしてきた者にとって、カーニバルは、エネルギーをリチャージするための最高の祭りだ。

シコ・ブアルキ (CHICO BUARQUE)
作詞作曲家、歌手、アレンジャー、作家。サンパウロ市出身。
ご存知の方も多いと思うけれど、シコ・ブアルキは、豊かな感性と深い思考とで人々の心や生活をとらえて、詩情豊かに最高のアレンジで表現する、現代ブラジルポピュラー音楽界の偉大なミュージシャン。

カーニバルに乾杯!(2) レシーフェ&オリンダのカーニバル







芸術、文化、社会批判、デモクラシー

去年の2月、ネットワーク仲間の佐藤さんや伊藤さん達がこちらへ来たときに、僕達は一緒にレシーフェ&オリンダのカーニバルを観にいった。みんな、すごくノッて忘れられない素晴らしい一時を過ごした。それから数ヵ月後に来日した際、ライブの後や、友達と集まった時などによくカーニバルの話が出てきて、みんなで盛り上がったのを覚えている。レシーフェやオリンダのカーニバルを聞いたことも無い人達が、とても興味を示してくれて、その特徴を説明したりなど、話しが尽きなかった。
そこで、今回は、このビッグな祭りをテーマに、ノルデスチの民衆文化の一片を皆さんに紹介したいと思う。いつか、カーニバルへ来るときがあったら、 参考にしてください。


レシーフェの旧市街地は、カーニバル開催期間中(金曜から火曜までの5日間)、市民のものとなる。そこは、柵もロープ張りも、立ち入り禁止の札もない、開放されたオープン・スペースだ。16,7世紀頃の情緒ある建築物と、シックな石畳の幅広い道路とがマッチした美しい町並み。時おり海岸から吹いてくる心地よい風は、祭の熱気で火照った体に気持ちがいい。

路地止まりに設けられた野外ステージ、大きな十字路や三叉路、教会前の広場や公園などが色彩豊かに飾られて、ブラジル最大の祭り、カーニバルの舞台にと変身する。ここでは、文化産業の名のもとにべらぼうな消費を強いられることも無く、誰もが無料で、ブラジル最高のアーチスト達の音楽や踊り、仮装行列、その他、様々なパフォーマンスを自由に満喫できる。飲み物や食べ物も手ごろな値段だ。

ここにはデモクラシーがある。貧乏な人も金持ちも、地元の人もツーリストも、みんな同じ目線で参加し楽しめる。子ども連れの家族、老若男女、車椅子の人、ギブス足の人、サトウキビ畑の農夫、アーチストや文化人達が、いっしょになって場を分かち合うところだ。参加するのに特別な装いなど必要ない。多くは、シンプルな仮装、あるいは、ティシャツにショートパンツ、といういでたちだ。

マラカトゥ、フレーヴォ、カボクリーニョ、コーコ、スィランダ等、レシーフェ&オリンダならではの多彩なリズムと踊りのパフォーマンスを繰り広げる、様々なパレード隊が大通りに次々と繰り出してくる。好みのパレードの後について、いっしょに踊りながらカーニバルの開放された雰囲気の中へ、ごく自然に溶け込んでゆける。いっしょにはまだちょっと...という人は、“渦”の中からちょっと離れて、各集団のパフォーマンスや、観客の踊りなどを観賞するのも楽しい。また、カーニバルは、仮装行列やアウトドア-などで社会批判をする、もってこいの場でもある。グループで、個人で、今話題になっているテーマを取り上げ、風刺的なタッチで、あるいは、ヒュ-モアたっぷりに表現し、人々の共鳴を得ている。

ノルデスチの人々


ジョゼ・ピニェイロ

ここには、理屈ではわかりえないパラドックスがある。ブラジルで最も貧困に苦しむ地域でありながら、もっとも豊かな音楽・文化が育まれている。

この地域の人達は、歌うのが大好きだ。話しぶりも歌っているような感じだ。ビーチや公園、マーケットなどには、よく吟遊詩人達が集まってきて、市民を楽しませてくれる。農村の牛飼いの歌や、市内の物売りの呼び声、簡単な手作業からきつい仕事まで、あらゆる作業の中に歌が存在している。学校の先生のストライキも、労働組合のストライキも、歌あり、合唱ありで抗議し活気がある。嬉しいことも哀しいことも、苦しいことも、すべて歌に気持ちを託して表現している。そして分かち合っている。この地域の人達にとって、歌は生活に馴染んだ身近な存在だ。

カントリーア、祭りとカルチャーレジスタンス
先日、僕はユミといっしょに、カンタドーレス (歌い手、吟遊詩人達) や作家達の集いに参加した。ここは、参加者それぞれが、詩や歌を披露したり、仕事の状況を話したり、不満を述べたり、権利を主張したりするために集まる場だ。その時に取り上げられたテーマの一つは、「マラカトゥやコルデルのような民衆文化の表現形式が、グロバリゼーション (アメリカナイズ?) 界で生き残ることができるか?」だった。 そして、「ノルデスチは、起こり得る文化の一色化に対して抵抗するための、より良い条件を有するか?」という質問に対して、作家、劇作家、詩人である、アリアーノ・スアスーナ氏*はこう応えた。“ノルデスチ全域にレジスタンスのムーブメントがある。この地域には、強固なレジスタンスがある。それは、多分、この地域が商業的に最も弱い立場にいることに由来していると思う。マルクスは、「経済的視点において、もっともポテンシャルの高い国が、より豊かな芸術を生産しうる」という見解を述べたときに大きな過ちを犯している。ふたつの事柄の間には、直接的な関連は無い。経済資金ということでは、アメリカはインドのずっと先にいる。しかしインドは、文化面においてとても強力で豊かだ。このことは、国内総生産 (GDP) などのあらゆる経済数値を用いても説明不可能である。そして、このことは、ブラジルの中での、ノルデスチ地域にも当てはまることである。”

民衆文化を守ろうとするレジスタンス・ムーブメントは、レシーフェのカーニバルでも実感できる。このビッグイベントの主役は、豊かなノルデスチ文化に根ざしたアーチスト、個性をもったアーチストらで、文化産業にのっとったバンドやグループの入り込む余地は無い。

クオリティーの高い、多様多彩な音楽グループやアーチスト、仮装行列が集ってきて、それぞれ最高のパフォーマンスを披露してくれる。それらがパワフルに融合し合って、文化のビッグシンフォニーが創られるのだ。

アリアーノ・スアスーナ (ARIANO SUASSUNA)
作家、劇作家、詩人、美学教授。レシーフェ市出身。

“モヴィメント・アフモリア” (Movimento Armorial: フォークロアの要素とポピュラーな要素を、ブラジル・コンテンポラリー・アートの中に取り入れ、新たらしい勢いをつけることを狙ったムーブメント) の創立者。ペルナンブーコ州文化庁長官を勤めている際には、地域のトラディショナル文化に関連する、数多くの多様性に満ちた芸術的活動を促進、後援した。